上原浩先生と私
いつも最後に純米酒云々と書いているので、上原先生を信奉する一派と見られますが、少しスタンスが違います。
上原先生とは3度お会いすることができました。少しだけお話をさせていただくことができ、大変うれしく思いました。
お会いしたときの上原語録
「酒造界の毒舌三羽烏とは、下岸伊作氏(三重県醸造試験所技官を勤めた)と道中久氏(鑑定官室長歴任、日本盛にもいたらしい)とこのわしのことじゃ。」
「(最初の上司だった)小穴富司雄鑑定部長もそうだったが、佐藤信氏(元醸造試験所所長)もこの業界にいるには頭が良すぎた人だった。」
(「今の雄町は昔の雄町ではないといいますが、利守酒造の純米大吟醸は良いと思ったのですが」との私の問いに答えて)
「利守の雄町は別じゃ。あの雄町は良い。」
「あんたよう勉強しとるのー。」
他色々とお話をさせていただき、大変勉強になりました。
正直な話、先生が実名を挙げて推薦している蔵元さんのお酒は、私には?となることが時々あります。私が未熟なだけかもしれませんが。
私が上原先生との出会いから得たことというのは、歴史をひもとくことの重要性を学んだことなのです。
「1に蒸し、2に蒸し、3に蒸し,4、5がなくて6に麹」この言葉の裏側には、酒造に携わってきた多くの先達の知恵が凝縮されています。
先生がお亡くなりになられてはや1年が過ぎました。
あらためてご冥福をお祈りいたします。
最後に一言、
「とはいえ、日本酒は純米酒に戻らなければならないと考える」
今日の参考文献
日本酒と私 上原浩著 蔵元交流会(平成11年)
清酒工業 山田正一監修 光琳全書(昭和41年)


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