杜氏論
以前予告していた「杜氏論」にようやくやってきました。
私は杜氏をしたことがないので、「杜氏力」という題に違和感を覚えたので、「杜氏論」としました。以前、楽天の野村監督が憧れの存在だった巨人について語った「巨人軍論」を出しましたね、その時の野村監督の心境に似た気持ちかもしれません。
かつての「憧れ」と「失望」そして「こうあるべき」であって欲しいと。
それでは始めましょう。
戦前の「蒸米研究の聖地」、鹿又親氏が率いた東京税務監督局鑑定部の指導下で配布された「酒造工人必携」(戦後は「酒造技術者必携」と名を変えた)及び「酒造工場管理法」には、杜氏の心構えが書いてあります。
本日は、「酒造技術者必携」から「杜氏心得」の十ヶ条を引用し、私の「杜氏論」を展開したいと思います。
第一 杜氏は品性の陶冶に努力しなければならぬ
「酒造技術者必携」の中で、酒質は杜氏の品性の反映である、と結論しています。古くさい精神論みたいですが、私もこの考えに賛成します。ダメな酒を造る杜氏は、品性も卑しく感じられるものでした。
第二 杜氏は其の職責の重大なるを知り常に言行を慎まねばならぬ
まさしくその通りで、常に蔵人は杜氏の言動を見て評価しているのです。信頼できる杜氏さんでなければ、蔵人は返事では「ハイ」と言っても、心の中では「ハイハイ」と言って聞き流しているのです。
第三 杜氏は凡ての仕事に対し公明正大でなければならぬ
技術を出し惜しみするな、コソコソするな、ということでしょうか。
第四 杜氏は経営者(主人)と従業員(蔵人)との連絡を円滑ならしめ、一致協力 常に 朗な気持ちで働かねばならぬ
従業員(蔵人)の不満をうまく操縦するのも杜氏の大きな役目です。良く言われる「和醸良酒」、標語になっているということは、逆に、「人の和」の難しいことを教えてくれているように思えます。
当時は、オーナー杜氏を想定していないようですが、昔は蔵人の利益代表が杜氏でしたので、経営者側との交渉役としての力量も問われたのではないでしょうか。
第五 杜氏は蔵内作業の統制を計り常に能率増進を心懸けねばならぬ
要は、「段取り力」を磨こうということでしょう。
第六 杜氏は従業員(蔵人)を指導訓育し、其の素質改善に努力しなければならぬ
はっきり言って、この業界には良い人材が来づらい現状にあります。季節雇用で重労働、その割には給料もさほどではない。やる気があって入っても、改善に向かう努力を怠っている蔵が多いので、不満が溜まることとなり長続きしません。雇う側、雇われる側両方に問題を抱えています。
私が考えるに、普通の職場だと思ってはいけないのです。
では、何なのか?
それは、「酒造り=神輿担ぎ」です。寒い時期になると、酒造りの好きな人が集まって酒造りを楽しむ、趣味でやってると思えば何でも我慢できるものです。
教育するよりも採用する時の経営者側の条件提示が重要だと思います。結局、我慢して酒造りをしている人たちは酒造りを楽しむ人たちには勝てないと思いますので、有効な考え方ではないでしょうか。
ただ、そんな楽しむ人たちを統率するリーダーたる杜氏に威厳がなければ、まとまりがつかなくなるので杜氏の「叱る力」も必要です。
第七 杜氏は常に経費を節約し、生産費の軽減を計らねば図らねばならぬ
必要のない電気は消す、当たり前の心がけです。ただ、酒質の劣化につながる省力化は避けなければいけません。いったん、省力化した工程をもとに戻すには必ず抵抗があるものです。例えば、50分蒸しを60分蒸しに変えることすら難しいのが現状です。
第八 杜氏は常に酒造技術の練磨に精進し、世の進歩に後れない事を期し現状維持は即退歩ということを知らなければならぬ
○○杜氏の皆さん、心当たりありませんか?
第九 杜氏は学理の研究に精進し、酒造技術の基礎を確立することに努力しなければならぬ
基礎は重要です。「慣れ」は恐ろしい結果を招くことがあります。昭和23年の大腐造は腐造など昔のことだという慢心もあったようです。何でこうなるの?を常に頭に入れておく必要があるようです。
笑い話として伝わっているのが、酒母への培養酵母の添加の話で、担当者が変わったら酒母が沸きついてこなくなったという蔵があり、原因を探ったら、培養液の上澄みだけを入れ、瓶の底に沈んでいる酵母を捨てていたという話を聞いたことがあります。これは、漫然と作業を行っている典型と言えます。
第十 杜氏には其の醸出する清酒に対する責任が醸造中のみならず、販売を了する迄存続するものである
出稼ぎ杜氏にありがちなのですが、酒を造った後は従業員におまかせ、というような考えがあります。酒造会社の社員は、熟していく酒をどう処理し、どう販売していくかで頭を悩ませています。酒の出来が悪いと出荷管理も大変なのです。酒造りのプロとして消費者の口元まで届く最後まで責任を取る覚悟のないものは杜氏失格です。
以上、「杜氏論」を書いてみました。いつにも増して精細を欠きますね。杜氏をしたことのないものに杜氏を語らせてはいけないということかもしれません。
参考文献
酒造技術者必携 日本醸友会東京支部編 (昭和25年)
酒造工場管理法 日本醸造協会関東支部(昭和9年)
最近のコメント