その名も「正酒屋 六根浄(せいしゅや ろっこんじょう)」
本日はたくさんの方にお越しいただき、誠にありがとうございました。
このブログ以外ではほとんど宣伝らしきものもせず、形の上だけでの開店のつもりだったのですが、意外なことに、様々な方面から噂を聞きつけたようで、多くの方が見えられました。
こんなことならもっと準備万端にしておけばよかったと反省しております。
え~、いままでもったいぶって申し訳ありません。
本日開店した店の名前は、その名も「正酒屋 六根浄(せいしゅや ろっこんじょう)」と言います。
飲み屋さんではありません。正真正銘の酒の小売店です。
当初は、「正酒屋」ではなく、「清酒屋」とし、日本酒オンリーでいきたかったのです。
ただ、日本酒に興味を持っていない人でも入店する可能性を逃すことはもったいないと感じ、「正酒屋」とすることにしました。日本酒以外でもほんものの酒を売るお店という意味をこめて。
「六根浄」とはどういう意味なのか?
本日、よく聞かれた質問です。
改めてお答えします。
「六根浄」は、徒然草の中でもお気に入りの段である、第69段から引用させていただきました。
「六根浄」とは、眼耳鼻舌身意の六根が清浄になること、だそうです。
第69段では、「六根浄」の境地にある偉いお坊さんが、豆の殻で豆を煮ている時に、豆同士の会話が聞こえてきたという逸話で、一見、何てことのない話で荒唐無稽な話にも見えるお話です。
しかし、私はこのお坊さんが豆同士の会話が聞こえたということに着目しました。
豆が実際に会話していたわけではなく、お坊さんの中に豆同士が会話しているという「訪れ」がやってきたのだと。
お坊さんはお経を唱えたことで「六根浄」の境地へ至ったとしています。
私は良いお酒に出会った時、「輝く太陽の光」「清き水の流れ」「大地の豊穣」のイメージが「訪れ」ます。
私は、良いお酒を飲むこととお経を上げることが同じく「六根浄」の境地へ至る道なのではないかと・・・恐れながら思っています。
誰しもが「六根浄」の境地へと至れるような、ほんものの良い酒を提供したいと考え、店の名前に「六根浄」と名付けることにしました。
話が大きいというか理解不能だったかもしれません。しかし、真面目です。
当店、オリジナル酒の「純米酒 六根浄」は、山形の桜開花宣言に合わせて販売予定となっておりますので、もう少々お待ちください。
もちろん、今現在、当店で紹介しているお酒も充分にあなたを「六根浄」の境地へといざなうことでしょう。
「山形正宗」「楯野川」「奥能登の白菊」
渋い!渋い!この面々。
ちなみに、「六根浄」という言葉は、「どっこいしょ」の語源だとも言われています。
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