「ワインづくりの思想」を読む
私は、日本酒が大好きで、飲むことだけでなく、酒に関する本を読むのが好きです。
そんな中でも異彩を放っていたのが、麻井宇介氏の著作でした。
初めて出会ったのは、「ワインづくりの思想」(中公文庫)でした。
ワインも同じ醸造酒なので、日本酒造りとどのように違うのがという興味半分で買った覚えがあります。
情景が浮かび上がってくる流れるような文章で、私は、宇介ワールドに引き込まれていき、一気に読み進めてしまいました。
ワインづくりの世界では、おおきな変化があったといいます。変化のキーワードは時代順に、産地の時代(~1950年代)、技術の時代(60年代)、品種の時代(70年代)、テロワールの時代(80年代)、とつづき、「つくり手の時代」(90年代)へとたどり着いたそうです。
麻井氏は、日本酒について、第二章技術「技術は思想の上に構築される」の項目で、こう述べています。
「高い香気は酵母が発酵中に生産するものであって、ブドウ本来のものではない。『ドイツのワインは人がつくる』と評されるのは、技術の介入が酒質の形成に強い力を発揮していると飲み手が感じてしまうからだ。醸造物に限っていえば、人為の魅力に、人は飽きやすい。清酒づくりの極致といわれる吟醸酒もまた、このあたりに限界があるのかもしれない。」
ワインの世界では1960年代に現れたドイツの「フレッシュ・アンド・フルーティー」が世界を席巻したそうですが、1990年代へ入ると没個性の批判を受けることとなったそうです。
氏はこの酒に対し、「飲み手の成熟に呼応する『天恵のおいしさ』を主張できなかった」と結論しております。
2001年当時、どの吟醸酒を飲んでもおいしいとは思えなったので、麻井氏の意見は非常に参考になりました。
「すべて学問にも芸術にも初等と高等とがある。そして初等は大衆に通じ、高等は特殊のクラスに通じる。酒も一種の芸術であるから、その例外ではありえない。しかも奥深いくせに、それを感得し表現する手段に乏しいために、これを正しく鑑賞するには、特別な深い経験と教養を要する。」
(「古酒新酒」坂口謹一郎著 講談社)
以前にも、坂口氏のこの文章を紹介したことがありました。
2人の意見を併せてみると、こうも言えます。
吟醸酒は、フレッシュ・アンド・フルーティーであり、万人向けである。つまり、初等の味である。うまいかもしれないけど、飽きる酒である。
飲み手の成熟に呼応すること。これが日本酒の新局面を切り拓くような気がします。
脱線しましたが、「ワインづくりの思想」のエピローグで、「つくり手として、偉大なワインとはいかなるものかを知っている。そして自分もまたそれを目指す。その高い志が、ワインの出自となるのである。」と述べております。
そして飲み手にも、「素直に、おいしいか、おいしいとは思わないか自分の気持ちに従えばいい。そのうちに凄く感動するワインと出会うことがある。『どうみるか』は、ここから始まるのである。」とアドバイスしています。
ここまでくると芸術鑑賞の世界ですね。
日本酒を飲む人も、日本酒造りに携わる人にも是非読んでいただきたい本だと思います。
参考文献
ワインづくりの思想 麻井宇介著 中公新書(2001年)
古酒新酒 坂口謹一郎 講談社(昭和49年)
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