お酒

2007年11月23日 (金)

「ガイアの夜明け」

「ガイアの夜明け」

先ほど、BSジャパンの「ガイアの夜明け」で「日本酒どん底からの復活~助っ人はコンビニとハケン会社~」という日本酒復権への取り組みを見ました。

人材派遣会社が酒蔵を買収している話は聞いていたのですが、その現場を映し出していました。

岐阜県の「千代菊」が舞台。かつては県内一を誇っていたそうです。昨年、民事再生法を申請し、その救世主となったのが「インターセラーズ」という会社。

人材派遣会社「スタッフサービス・グループ」の酒蔵支援会社だそうです。

「日本酒は今が底」と「インターセラーズ」の人物が言っていました。

おいしい市場だと思ったんでしょうね

新規参入がない世界ですので、新たな形の新規参入が始まったと見るべきなのでしょう。

外部の視点によるマーケティングがどこまで成功するのか?

日本酒文化を救う行為なのか、単に投機目的なのか、静観したいと思います

いや、「純米新米新酒」が新しいと言っているのには、驚きました。

「鶏口となるも牛後となる無かれ」

全国の酒蔵さん頑張れ!

かつて千代菊の十五代目社長 坂倉又吉氏は昭和36年に「酒の古典語典」(東峰書院)を出版しております。

再放送もあるそうですのでご確認ください。

2007年10月27日 (土)

「桜水ワイン」と出会う

桜水ワイン」と出会う

山形のお酒のことを多少は知っていたつもりでしたが、自分が知っている知識などほんの一部でしかないことを実感する出来事がありました。

昨日、山形市内の大沼デパートで「第4回 やまがたの地域特選品フェア」という催し物があり、ネタ探しにはもってこいだなと思い、見に行ったのです。

ぐるりと回って見たところ、ワインを売っているブースがありました。「須藤ぶどう酒工場」と書いてあります。恥ずかしながら、聞いたことがありませんでした。

 「ベリーAの酒はありますか?」

 「桜水ワイン」の名が冠してある酒が試飲用コップに注がれました。綺麗な赤色をしています。味はドライな感じで素直な味に感心しました。

 マスカット・ベリーAは“日本ワインの父 川上善兵衛氏”が育種をした品種で、山形の赤ワインのスタンダードであると思います。年々ベリーAを使用したワインの酒質が向上しているように見えますので、注目しています。

 私が「川上善兵衛さんのことを調べているんですよ。」と言ったら、売り場の人が「私の畑のマスカット・ベリーAは、川上善兵衛さんが持ってきたと言われています。」と言っておりました。

Photo_3

 川上品種の1995年醸造の「ブラック・クイーン」は、濃い赤色で酸味の主張がありつつも程よい渋味が味を締めている良い酒だと思いました。福島のステーキ屋さんが買いに来るといっておりましたが、確かにこれとステーキはベストマッチでしょう!

 

須藤ぶどう酒工場」さんでは、すべて自家農園で栽培したぶどうのみでワインを造っており、年間6kl〈約33石〉という生産量しか造っていないそうです。パンフレットの写真の圧搾機を使用しているとのこと。本当に手造りなんですね。Photo_4

 「メルロー」、「甲斐路」、「デラウェア」などすべて品種の個性が現れていて、すっかり気に入ってしまいました。「甲斐路」は生食で売った方が儲かるんですとのこと。

 「須藤ぶどう酒工場」さんでは、8月上旬~10月中旬の間、観光ぶどう園「紫金園」を一般の人にも開放しています。来年は家族で行ってみようっと。

買ってきたデラウェアを使用した辛口の桜水ワイン「凛」を飲みましたが、バランスが良く、コクと微かな苦味を感じ、日本酒を飲む感覚で飲めてしまいました。

2007年10月24日 (水)

新そばの季節

新そばの季節

秋といえば新そばの季節。この時期のそばは、かおり・甘味共に最高ですよね。

今日は秋晴れの最高の天気で、そばが無性に食べたくなり、山形市東原町にある「手打 梅蕎麦」さんに伺いました。

「手打 梅蕎麦」さんは、細打ちの十割そばを出しており、芸術的なそばを楽しむことができます

蕎麦前酒の充実も特筆すべき点です。山形で蕎麦前酒を広めたのは「梅蕎麦」のご主人を始めとした「五薫会」のメンバーの方々で、「五薫会」のメンバーの店だけが「そばやの隠し酒 五薫」を置いています。

「梅蕎麦」さんでは「晩酌セット」があり、お酒とつまみとせいろで1,000円という、酒好きとそば好きを兼ねた人にとってありがたいお店です。

飲みたいところをグッとこらえて本日は新そばに専念です。

「梅蕎麦」さんで「新そば」。当然、期待が高まります。

出てきたそばは、少し赤みがかっておりました。そばの特徴なのでしょうか。

まずは、つゆをつけずにそばをすすります。

新そばの甘味と粘性。参りました。期待以上です。

そばつゆもまた香りがスーッとして味にまろみがあります。後味のキレも素晴らしい。

そばつゆに新そばを絡め、一気に啜りました。

喉が喜ぶ。喜ぶ。甘味と粘性のあるそばがそばつゆに絡んだ時、「五味」の調和が完成しました。こんな旨いものが他にあるのか。

箸が止まらず、あっという間に皿を平らげてしまいました。

久々の感動。新そばの持つ圧倒的な存在感に呆然としました

すぐに蕎麦湯が来ましたが、これがまた凄い。そばポタージュ状態です。

ここの蕎麦湯に慣れてしまったら、他の蕎麦湯はただのお湯に感じてしまうでしょう。

本日のそばは、私のそば食い歴の中でも1,2を争うおいしさでした。

お勘定の際に、「どこ産のそばですか?」と聞いたら、山形産の「でわかおり」ということです。

私のイメージでは「でわかおり」の印象はあまり良くなかったので、認識を改めなければならないようです。

先週食べた、気仙沼「福よし」さんの秋刀魚と匹敵する旨さでした。ちなみに、「福よし」さんの秋刀魚は、はらわたも旨かったですよ。

寒くなったら、次は旨い酒の出番です。皆さん朗報をお待ちください

2007年10月18日 (木)

伝説の燗酒

伝説の燗酒

そういえば、燗酒について語る機会がありませんでした。

本日は、伝説の燗酒についてお話します。

かつては、なんでもかんでも燗をするような風潮があり、その匂いを嫌う人は、冷酒を飲み、吟醸酒などを持ち出してはこっちの酒が上等なんだというような主張をする人が増え、徐々に高級酒は冷酒、大衆酒は燗酒というイメージがつくられたのだと思います。

その弊害がそこかしこに見られ、純米酒を燗にするという当たり前の行為が居酒屋さんでは、なかなか認めてもらえないという現実に直面します。

ただ、なんというか、この酒を燗にすると旨いというような最近の風潮にも疑問を感じますので、酒の飲み方は飲む人の自由だということにしたいものです。別に水で割っても良いと思いますし、銘柄の異なる酒のブレンドを楽しむのもありだと思います。

また「ぬる燗」にこだわるのもいかがなものか。まったく八代亜紀の聴き過ぎでしょう。あったかいくらいがいいです、私は。

昨今の燗酒ブーム。底が浅い!

おそらく2030年前に、山形酒造組合では燗酒をもっと飲んでもらう大キャンペーンを行った形跡が見られます。

その名も「HOT割り燗」。伝説の燗酒。

魔法瓶とグラスがセットになっている「HOT割り燗」セットを作製し、飲食店に配ったみたいです。

グラスには上下に2つの丸い金の印がついており、下の印まで酒を入れ、上の印まで魔法瓶のお湯を入れて、程よいアルコール度数の燗酒ができるという、至れり尽くせりの斬新な発想。

酒には二つの欠点がある。水を加えれば味が落ち、水を加えなければ人が堕落する。」(スペインのことわざ)

山形で広まった形跡はありません。

 

消費者は堕落することを恐れ、日本酒離れをしたのでしょうか?

「HOT割り燗」セットが、山形市の駅近くの「茂天門」にあったのを23年前に見たことがありました。

ということで、本日をもちまして、不定期更新とさせていただきます。

2007年10月 4日 (木)

インノーハイ

インノーハイ

 昭和5に発行された「酒通」(鈴木氏亨著)から、「東洋のルソー」と言われた中江兆民の話を紹介します。

兆民居士と陰嚢の盃

中江兆民がある酒席で、痛飲淋漓、酷く酔っぱらった。何かの話から芸者に、

俺の盃を受けるか」と云うと、

 

どんな盃でも受けます」と答えた。

 

すると突如股を開くなり、両手で自分の陰嚢を引き延べ、それを盃にし酒を注いだ。芸者も約束の手前並居る人の面前で飲んだ。

 

先生御返盃いたします」と女中を呼んでお燗の頗るあつい奴を取り寄せ、兆民の陰嚢へ注ぎ込んだから堪らない。兆民アツと驚いて飛びあがるなり、

 

ゆるせゆるせ俺は負けだ

と低頭したと云う話がある。』

さすが、中江兆民。「むすんでひらいて」してますね。

参考文献

 酒通 鈴木氏亨著 四六書院(昭和5年)

2007年9月20日 (木)

理由なきハンコ

理由なきハンコ

先日、保険の外交員さんとお話する機会があり、興味深い話を聞きました。

「欠けのある印鑑」を使用している人は、手続きが多いとのことを言っていました。手続きとは、給付の手続きのことで、トラブルが多いということを意味します。

その外交員さんは、「欠けのある印鑑」を使おうとする人を見るとドキッとするそうです。

気味が悪い話ですが、聞いてしまった後では、「欠けのある印鑑」は使わないほうが良いような気がしますね。

話は変わりまして、単なる偶然かもしれませんが、何年も金賞を取れなかった蔵元が、それまで粗末に扱っていた酒蔵に祭ってある「松尾様」をきれいにし、お参りをしたところ、金賞を取ったという話を聞きました

かつて、酒蔵では、旧来の風習を守り、色んな節目に儀式がありました精米開始の御参り。一番最初の留仕込の日に行う、「醸造祈願」。その年の最後の蒸きょうが終わった時に行う「甑倒し」の儀式。

昔気質の杜氏さんは、必ず「松尾様」で拝んでから、その日の作業を始めたようです。醸造が解明されていなかった頃の蔵は、神聖で神秘的な空間でした

常に「清潔」を保とうとする酒蔵の姿勢は、神道の「清潔」につながっているように思えます

科学の解明とともに、醸造の世界も解明が進み、酒蔵から酒造工場へと変貌していきました。

神聖で神秘的な空間を取り戻すことで、松尾様が日本酒復権の手助けをしてくれるかもしれません

「子、   怪力乱神を語らず。」(「論語」述而第七より)

 今日の話は忘れてくださって結構です。

2007年9月14日 (金)

「月見の宴の分らないヤンキー」(「酒の話」より)

「月見の宴の分らないヤンキー」(「酒の話」より)

 

ヤンキーといってもアメリカ人のことです。

今日のお話は、昭和19年に旧満州国で発行された「酒の本」(糸満盛信著)から。

「或外務省の役人の話だそうであるが、米国ニューヨークに居た時に日本人同士が一つ郊外へ出て月見をしながら大いに故郷のことでも話し合うと自動車を飛ばして大都市の塵芥と騒音と電光とスピードを離れて草ツ原でビールの満を引きながら月を讃え、家郷を恋い、故国の風物をなつかしんで歌い吟じて居る所へ、のっそりと巡査がやってきて、胡散臭くこの体の小さい東洋人共の酒宴を見廻して

『何をして居る』

『月見の宴を開いて居る』

月見?月を見てどうするのか

『月を見て楽しんで居るのた』

月を見て何が楽しい、月を見るというような不生産なことをどうしてするのだ?

生産的不生産で月見を理詰めにされたら、これは人生観、宇宙観の相異で、どうにもならない

色々弁解やら説明やらして見たが判らない、巡査の方では又月見などと言って居るが、深夜を待ってギャングにでも入るのだろうぐらいに疑って居るらしいので、とても話になる場面でないので、ついに癪に触って喧嘩をしてしまった。

『君では判らないから署長に話す』

というので警察に行った。ニューヨークあたりの警察署長だったら月を見る意味位は判りそうなものだと

日本には古来から月を見て楽しむ風習があるのだ。一介の労働者、百姓にでも月見という行事さえあるのだ。アメリカ人が丁度芝居や歌劇や映画を見て楽しむのと同じだ。僕等の月見がなぜいけないのだ」

これで大概判りそうなものだが矢張り判らない。月を見て益になるのか、生産になるのかと言う按配で結局話にならなかったと或人の話だそうである。

此稿を書き終えた後に日米英戦争だ。彼等に月見の酒宴の芸術を分からす日も必ず来るであろう。」

日本の敗戦により、「月見の酒宴の芸術」をアメリカにわからせる日はとうとう来ませんでした。

参考文献

 酒の話 糸満盛信著 一番館出版所(昭和19年)

2007年9月13日 (木)

國井号

國井号

 今日は、太平洋戦争中にあった蔵元の義挙の話です。

昭和175に「企業整備令」が公布施行され、酒造業も企業整備されることになりました。

昭和19年末には、免許場数が前年の半数以下まで削られるという過酷な状態だったそうです。「転廃業に追いこまれた業者の中には、父祖伝来の家業断絶に失意のあまり気が狂う者、先祖に申し訳ないと自殺する者、等々、幾多の悲劇を生んだ。」(「酔いのうつろい」麻井宇介著p.171

そんな中で、自ら廃業を申し込んだ蔵がありました

山形県の寒河江市にあった國井酒造合名会社という会社です。その名も「譽の菊水」。約三千石を造る東北でも有数の蔵元であったそうです。

理由はこうです。

日本が今大へんな戦争をしている時に、自分のところは商売をしなければ食えないわけでもないのに他に迷惑をかけてまでそれを続けなければならぬということはない。国策に順応して廃業しましょう」(「大沼保吉回想録」後藤嘉一編著p320

これだけでも立派な姿勢だと思うですが、その後の話がまた泣けます。

「しかも、従業員の転廃業については私費を出してあとの心配の無いように面倒をみてやり廃業による補償金や工場の売却費など一切をあげて十万円ほどを飛行機を作ってくれというので陸軍戦闘機一機を献納した。軍では非常に感激してこれを『國井号』と命名したが、これには我々も心から頭が下がった。」(前掲書p320

その売却した工場というのが、昭和12年に建てたばかりの、近代科学の粋を集めた工場設備だったそうです。

「譽の菊水」國井酒造合名会社は、戦後の企業復活をすることはありませんでした。

参考文献

 秋田県酒造史 本編 秋田県酒造組合編 (昭和63)

「酔い」のうつろい 酒屋と酒飲みの世相史 麻井宇介著 日本経済評論社(平成元年)

大沼保吉回想録 後藤嘉一編著(昭和38年)

山形民報社特輯 全国酒造大会銘鑑 山形民報社(昭和14年)

2007年9月 9日 (日)

◎ 鳳山

     鳳山

 昨日のブログの続きです。

 平成に入ってからの日本酒業界の苦戦は、名醸蔵にまでその影響を及ぼすことになりました。

昨年、◎のついていた岩手川が廃業しました。

今日取り上げるのは、同じく平成に入ってから廃業した、◎のついていた、宮城の銘酒「鳳山」です。

ここに、「高木清兵衛」という名物社長がいました。きき酒名人で知られ、その能力はずば抜けていたようです。

その逸話が、米沢日報HPの「ベートーベン先生」こと米鶴酒造の梅津伊兵衛社長が綴る自伝的エッセーの「青年経営者(32) ・・利き酒名人の裏芸・・」に書いてあるので、是非ご覧になってください。

清酒吟醸指針出版の2年後、昭和14年の新酒鑑評会において「鳳山」は日本一にランクされました

酒造りの現場には、南部杜氏の名杜氏 高橋甚一郎氏がいたことも忘れてはいけません。昭和4年に入蔵以降、品評会の優等賞を連続受賞し続けました。彼が、昭和44年に引退するまで、鑑評会、品評会の類は優等賞の常連であり続けたようです。

その「鳳山」の酒造りを今に伝えているHPが、「わが酒屋うた」になります。

清兵衛氏のご子息の高木謙次郎氏が書いた書籍の内容を載せており、坂口謹一郎氏が序文を書くという、内容もまたそれにふさわしい、日本一となった蔵の経営者の観察力に感心させられます。

数年前、「鳳山」の本醸造の古酒をみる機会がありました。骨格がしっかりした涼しさを感じさせる酒で、本当に旨い酒でした。まさに、「甘・辛・ピン」、こんな良い酒を造っていた蔵が無くなるなんて・・・、と感慨無量になりました。

今思えば、「鳳山」とバトンタッチする形で「十四代」が出てきたというのは、思いを深くします。

どちらも、「高木」。栄枯盛衰・・・。

参考文献

清酒吟醸指針 山田正一著 塚本商店出版部(昭和12)

 南部杜氏ものがたり 辛苦を超えた蔵人たち 博光出版(平成7年)

2007年9月 4日 (火)

ひだまり

ひだまり

本日は二日酔いでございます・・・。

私の適量は2合だと思っています。そこでやめられないのが、私の至らないところです。

飲む酒は純米酒と決めているのですが、今、思い出すと最後に飲んだ酒が、山形県鶴岡の酒「大山」の金撰というバリバリの普通酒でした。飲み屋を二軒ハシゴし、ラーメンを食べた後で。ラーメンの汁をすすりながら、もっきりの普通酒を飲む。うまかったんですよ、それがまた。

酒を語る資格などございません。

ポリシーを貫くということは大事です。しかし、居酒屋で「純米酒ありますか?」などと聞くのも、小賢しいですよね。外に飲みに出ると、吟醸やら普通酒やら、いろいろ飲むもので、次の日にはたいてい二日酔いが待っているんです。

ということで、今日は二日酔いの話。

私の今までの経験から、二日酔いには、二つに大きく分けて頭痛系と胃痛系に分かれます。もちろん両方を伴うことも多いです。

今日のタイプはちょっと頭痛系の二日酔いで、やはり、アルコール添加酒を多く飲んだ時なるように思います。純米酒でも木香様臭を感じる酒を無理して飲むと、頭痛と吐き気を感じます。

吐き気や胃がムカムカする胃痛系の二日酔いは、つまみをあまり摂らずに飲んだ時に現れ、アルコール度数の高い原酒を飲んだ時になりやすいような気がします。吟醸酒もアルコール度数が高いので胃にきます。

二日酔いには、酒以外に原因があることがあります。昔、飲むと必ず翌日頭痛がすることがあり、飲んだ後にインスタントラーメンを食べていたのを止めたら、頭痛をしなくなりました。

私の場合、飲んだ後に寿司を食べても頭痛がしますので、寿司と日本酒の組み合わせはちょっと苦手です。

私が純米酒を好んで飲んでいるのは、経験上、二日酔いをしにくいということで、良い純米酒だと4合瓶を1本開けても次の日にはダメージがありません。また、酔いごこちが、ひだまりの中にいるような感じがし、体が温まります。

旨い本醸造、旨い普通酒があるのはわかるのです。ただ、翌日のことを考えると手が伸びないのです。

酒の良し悪しは、飲んでみないとわからないものです。自分に合っていれば、どんな酒であってもそれは良い酒だと言えます。

2007年7月29日 (日)

南部杜氏夏季酒造講習会

南部杜氏夏季酒造講習会

ネタ探しの旅、行って参りました。

場所は岩手県。南部杜氏夏季酒造講習会です。

私の参加は、今回で6回目になります。

講習は、特科、研究科、杜氏科の3コースに分かれて行われます。

南部杜氏になるには、まず特科の試験をパスしなければなりません。

特科試験合格後、経験年数が経歴点となり、経歴点が一定数以上になると、杜氏試験の受験資格が得られることとなります。

杜氏試験は、講習会の前日に、学科試験、作文、きき酒、面接が行われ、合格者は講習中に発表となります。

今年の合格者は、県外会員が多いです。というよりも、講習会会場にいる若い人はほとんど県外会員で、受験する人も県外会員が多いのではないでしょうか。

会場は、石鳥谷会場と紫波会場に分かれており、人数は圧倒的に石鳥谷会場が多いです。

会員登録をしていれば、無料で受講できます。会員で無い人も、講習会費を支払うことで受講することができます。

いままで受講した経験で言えば、内容は毎年似たり寄ったりで、雰囲気もまったりしています。会社単位で花巻温泉あたりに泊まって、毎晩宴会みたいなところもあるようで、気持ち悪そうにしている人も多々見うけられます。ロビーでは、みんなタバコぶかぶか吸っているし・・・。

今日から講義から得たことなど書いていきたいと思います。

ここだけの話、講習会に出るよりも、このブログを読んでいたほうがためになるんじゃないかなと。

また、明日。

2007年7月19日 (木)

合成清酒から見た日本酒 その1

合成清酒から見た日本酒 その1

「旨味」の認識

先日、「新清酒」で合成清酒を調べたら、はまってしまいました。今日も合成清酒ネタでいきます。

 戦前は合成清酒の研究が盛んであったようで、米を使わずに、いかに日本酒の味に近づけるようにするかに苦心しています。

 

合成清酒を開発することは、清酒の成分・香気・味についての研究をすることにつながったようです。

私が感心したのは、黒野勘六氏らによる 醸造論文集 第二輯内の「改訂合成酒論」に書いてある「清酒の味」の項目です。

「清酒の味は従来五味に区別されたが詳細に説明すると七味に分って説明せなければならぬ。即ち辛味、甘味、旨味、酸味、苦味、渋味、粘味であって今各別に其成分との関係を左に述べる。」

通常は「五味の調和」と言う時の5つの味とは、「甘味、酸味、辛味、苦味、渋味」を指し、「旨味」が入っておりません。しかし、ここにはしっかりと入っております。

現代の酒造技術書では「旨味」に対して、まともに記述できてないように見えます。どうすればきれいな「旨味」のある酒になるかという技術的な問に答えていない気がします。

清酒との比較で浮かび上がった「旨味」の存在。この論文を書いた黒野氏の鋭い洞察は次の一文でも伺い知ることができます。

勿論清酒の旨味等ということは単純な味では無く、前期の五味が皆整った場合一種の旨味となって現れる事は当然の事である尚此外に重要なる数多の旨味成分が存在して居るものであることをも否定できない。」として、旨味成分としてタンパク質やアミノ酸などの存在を挙げています。

戦後の清酒の味覚の研究は佐藤信博士によるところが大きく、佐藤博士の研究からあまり進んでいないようです。

佐藤博士は著書から察するに、清酒においては「旨味」という言葉をあまり使いたがらなかったようなんです

これはおそらく、H.ヘニングによる味の科学的分類(鹹、酸、甘、苦)の影響下から抜けきらなかったせいであると思います

私が思うには、「清酒の旨味等ということは単純な味では無く、前期の五味が皆整った場合一種の旨味となって現れる」ような酒は、良く出来た「吟醸酒」に該当します。

「旨味」じゃない「旨味」ってあるよね、と吟醸で有名な蔵元の社長が言った言葉は、それに該当するのかと改めて感心してしまいました。売れる蔵元は味覚の認識をきちんとされているようです

とにかく、合成清酒を研究しているなかで「旨味」を認識できたことは大きな業績だったと思います

明日に続きます。

参考文献

  醸造論文集 第二輯 日本醸友会(昭和6年)

  酒類の品質鑑定法 佐藤信著 高陽書院(昭和34年)

  美酒の設計図 佐藤信著 大日本図書(昭和49年)

  酒を楽しむ本 佐藤信著 講談社ブルーバックス(昭和50年)

  増補改訂 清酒製造技術 日本醸造協会(平成10年)

2007年6月28日 (木)

人を食った話

人を食った話

酒屋には魔物が住んでいるらしい。毎年のように犠牲者が出る。

何の話かといえば、醪タンクへの転落事故の話です。

今年も福島で杜氏さんが醪に落ちて亡くなったニュースが流れました。

酒造りの時期に蔵見学をした人は経験しているかもしれないですが、あの醪の炭酸ガスは強烈なものがあります。あの発酵している醪に落ちたら、ほぼ絶命すると言われています。

小さい蔵元の製造設備は、だいたい開放タンクで仕込みをしています。それも足場が悪いところが多いようです。肉体的にも疲労している中、労働環境が悪いのでは蔵人も大変です。

毎年のように醪に転落するという事故がありながら、対策を立てない蔵元は、人命を尊重しているのでしょうか?

小さい酒蔵は、資金力がないので安全対策を取れない。でも人命を軽視するような産業は衰退するのも当然なのかなとも思います。

「酒造りはロマン」と蔵元はかっこよくいいます。働く蔵人の人生を断つようでは、空しく聞こえます。

そういえば、二年続けて同じタンクで杜氏が落ちて亡くなった蔵もあったと聞きます。平成に入ってからの話で、大昔の話ではありません。

早期の安全対策が必要なのではないでしょうか。

2007年6月20日 (水)

「ワインづくりの思想」を読む

ワインづくりの思想」を読む

私は、日本酒が大好きで、飲むことだけでなく、酒に関する本を読むのが好きです。

そんな中でも異彩を放っていたのが、麻井宇介氏の著作でした。

初めて出会ったのは、「ワインづくりの思想」(中公文庫)でした。

ワインも同じ醸造酒なので、日本酒造りとどのように違うのがという興味半分で買った覚えがあります。

情景が浮かび上がってくる流れるような文章で、私は、宇介ワールドに引き込まれていき、一気に読み進めてしまいました。

ワインづくりの世界では、おおきな変化があったといいます。変化のキーワードは時代順に、産地の時代(~1950年代)、技術の時代(60年代)、品種の時代(70年代)、テロワールの時代(80年代)、とつづき、「つくり手の時代」(90年代)へとたどり着いたそうです。

麻井氏は、日本酒について、第二章技術「技術は思想の上に構築される」の項目で、こう述べています。

「高い香気は酵母が発酵中に生産するものであって、ブドウ本来のものではない。『ドイツのワインは人がつくる』と評されるのは、技術の介入が酒質の形成に強い力を発揮していると飲み手が感じてしまうからだ。醸造物に限っていえば、人為の魅力に、人は飽きやすい清酒づくりの極致といわれる吟醸酒もまた、このあたりに限界があるのかもしれない。」

ワインの世界では1960年代に現れたドイツの「フレッシュ・アンド・フルーティー」が世界を席巻したそうですが、1990年代へ入ると没個性の批判を受けることとなったそうです。

氏はこの酒に対し、「飲み手の成熟に呼応する『天恵のおいしさ』を主張できなかった」と結論しております。

2001年当時、どの吟醸酒を飲んでもおいしいとは思えなったので、麻井氏の意見は非常に参考になりました。 

「すべて学問にも芸術にも初等と高等とがある。そして初等は大衆に通じ、高等は特殊のクラスに通じる。酒も一種の芸術であるから、その例外ではありえない。しかも奥深いくせに、それを感得し表現する手段に乏しいために、これを正しく鑑賞するには、特別な深い経験と教養を要する。」

(「古酒新酒」坂口謹一郎著 講談社)

以前にも、坂口氏のこの文章を紹介したことがありました。

2人の意見を併せてみると、こうも言えます。

吟醸酒は、フレッシュ・アンド・フルーティーであり、万人向けである。つまり、初等の味である。うまいかもしれないけど、飽きる酒である

飲み手の成熟に呼応すること。これが日本酒の新局面を切り拓くような気がします。

脱線しましたが、「ワインづくりの思想」のエピローグで、「つくり手として、偉大なワインとはいかなるものかを知っている。そして自分もまたそれを目指す。その高い志が、ワインの出自となるのである。」と述べております。

そして飲み手にも、「素直に、おいしいか、おいしいとは思わないか自分の気持ちに従えばいい。そのうちに凄く感動するワインと出会うことがある。『どうみるか』は、ここから始まるのである。」とアドバイスしています。

ここまでくると芸術鑑賞の世界ですね。

日本酒を飲む人も、日本酒造りに携わる人にも是非読んでいただきたい本だと思います。

参考文献

 ワインづくりの思想 麻井宇介著 中公新書(2001年)

 古酒新酒 坂口謹一郎 講談社(昭和49年)

2007年6月 2日 (土)

赤レンガ酒造工場

赤レンガ酒造工場

おとといお昼の番組で、滝野川の赤レンガ酒造工場が紹介されていました。外観は前よりもきれいに見えました。場所は王子駅を降りて、坂を登っていったところにあります。

王子は飛鳥山公園、音無川親水公園があり、桜の季節は本当にきれいなところです。江戸情緒を感じる東京のなかでも好きな場所のひとつです。思い出深いのは、桜が咲いている時に、橋の下でウグイスが鳴いていて、本当に江戸にタイムスリップした感覚になったことでした。

王子では音無川になっていますが、石神井川の昔の名前なのだそうです。以前、中板橋付近の石神井川の桜がきれいだったので、下流をずっとあるいたら音無川親水公園についたことがありました。

都電も走っていますので、都電を使ってちょっとした旅もいいのではないでしょうか。ちょっと歩くと旧古河庭園があり、バラの咲く時期はとてもよいですね。

そんな滝野川の醸造試験所で醸された「飛鳥山」は、明治45年第2回全国新酒鑑評会において第1位となりました。明治37年の醸造試験所創設から8年目のことです。ちなみにこの時の出品数は24点でした。

最後に一言、

「とはいえ、日本酒は純米酒に戻らなければならないと考える」

参考文献

 吟醸酒のはなし 秋山裕一 + 熊谷知栄子 共著 技報堂出版

 日本醸造協会七十年史 日本醸造協会

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